睡眠時無呼吸症候群の治療 (循環器疾患編)
群馬大学医学部附属病院脳卒中・心臓病等総合支援センター
コラム 心臓病あれこれ
睡眠時無呼吸症候群について造詣の深い群馬大学循環器内科高間准教授からのコラムです。
昼間に眠くなる方の中には、しっかり検査をすると睡眠時呼吸症候群のこともあり、結構皆さん知らずに過ごされていることも多いそうです。また「いびき」をかく方は、要注意とのこと。
睡眠時も呼吸症候群とは何か、そして注意しないといけないことは何かを5回シリーズでお届けします。
睡眠時無呼吸症候群コラム シリーズ
5) 睡眠時無呼吸症候群の治療 (循環器疾患編)
1) 総論: 心疾患を有する症例に対する睡眠時無呼吸症候群の治療について
睡眠時無呼吸症候群(Sleep apnea syndrome: SAS)は、コラム第1から4回まで書いたように、一般的にはContinuous positive air pressure (CPAP)を用いた陽圧換気療法を行います。しかし、まず行わなければいけないことは、心不全などの心疾患がある場合には、まずその治療がガイドラインなどに従った至適治療となっているかについて、再検討を行うことです。心不全を有する場合には、中枢性睡眠時無呼吸症候群(Central SAS: CSAS)が顕著となってあらわれることがあります。また、状況が悪化するとそのCSAS含めた睡眠呼吸障害自体にも悪い影響を与えます。ですから、心疾患をお持ちの場合には、まず生活習慣の改善・内服薬の強化のように、より良い治療ができることがあれば、それを実行することが非常に重要です。
2) 心疾患を有する症例に対するCPAP治療 過去の有名な論文では、心不全と睡眠呼吸障害を有する症例に対してCPAP治療を行った場合、”睡眠呼吸障害を改善することができるような症例”に対して有意に心血管系のイベントを抑制することができることも報告されています1)。このような注釈があることをしっかり理解した上でCPAPを用いることが非常に重要です。心不全症例では陽圧を使用すると、心拍出量が増加する場合とそうでない場合が存在することが分かっています2)。重要なのは図に示すように、かえって心疾患にとってマイナスに働いてしまう場合があることを理解することです。CPAPによる陽圧治療を行う場合には、”睡眠呼吸障害とともにその症例が持つ心機能をしっかり把握をすること”が我々医師にとっても大切なこととなります。睡眠呼吸障害を有する低心機能症例では一度循環器内科専門医に相談してから、治療導入するのが望ましいと考えます。
うっ血性心不全患者さんにおける、CPAPに反応する心拍出量
「うっ血性心不全患者さんにおける、CPAPに反応する心拍出量」 用語解説
用語 | 解説 |
持続陽圧呼吸療法(Continuous Positive Airway Pressure: CPAP) | 生まれつき心臓や血管に異常がある状態のことです。血液循環の異常が起こり、心臓に負担がかかります。 |
肺動脈楔入圧(pulmonary capillary wedge pressure;PCWP) | 左心房圧および左室拡張末期圧の指標になります。心不全の指標として用いられ、その数字が高いほどうっ血(血液の流れが滞こうる、血液がたまる)がひどいことを示します。おおよそ、基準値として5-13mmHgが使われていて、脱水であれば小さな数字となり、大きい数字であればあるほどうっ血の程度が重いことを示します。この図の場合、High PCWP群はうっ血の程度が重い群、Low PCWPはうっ血の程度が低いか脱水に近い状態の群を示しています。 |
Cardiac index(心係数) | 心臓のポンプ機能を表す指標。心拍出量を体表面積で補正した値です。大きいほど心臓からの拍出量が多いことを示し、少ないほど拍出量が減少していることを示します。 |
Stroke volume index. (1 回心拍出量係数) | 1 回心拍出量を体表面積で補正した値です。心係数と同様に、大きいほど心臓からの拍出量が多いことを示し、少ないほど拍出量が減少していることを示します。 |
群馬大学医学部附属病院脳卒中・心臓病等総合支援センター
5-3) 心疾患を有する症例に対するASV治療 Adaptive servo ventilation (ASV)は二相性の陽圧換気を行うことができる治療器具です。もともとはCSASの治療デバイスとして開発されました。症例の呼吸状態に合わせ陽圧の強さを自動的に増減することができる機能を兼ね備えています(自発呼吸がしっかりしているときは最低限の固定陽圧、無呼吸や低呼吸を補助する形で陽圧が状況に合わせて変化する)。日本では2010年頃より心不全とそれに伴う睡眠呼吸障害の治療デバイスとして使用されるようになりました。私たちのデーターにおいても、心不全症例に用いた場合、ASVをしっかりと使用できるような症例では、心不全を採血から見た指標であるBNPが有意に改善し、1年後の心血管系イベント発生が低下していることも報告しています(図2)3)。しかしながら、2015年のに発表されたSERVE-HF試験4)において、ASVは心不全症例(主にHFrEF)にではむしろ良くないことが報告されて以来、使用は非常に限定的となっています。実際この治療が功を奏して心不全管理ができることも日常診療ではよく経験しますが、その判断が難しいことも事実です。現状ではこの治療を実施する場合には、一度この分野に卓越した循環器専門医に相談することが望ましいと思います。
5-4) まとめ
今回5回シリーズで睡眠呼吸障害と心疾患の関連についてコラムを書かせていただきました。睡眠呼吸障害は軽視されがちですが、非常に重要な疾患です。循環器疾患を念頭に考えた場合にも、脂質代謝異常症や糖尿病、高血圧と同様に循環器疾患の予防として重要であるばかりでなく、心不全などを発症した後にも睡眠呼吸障害は疾患の表現系として現れます。人生の半分は夜間ですので、このときをしっかりと評価することも是非重要であることをご理解いただければ、今回コラムを書いた意義があると思います。
【参考文献】
1. Arzt M, Floras JS, Logan AG, et al. Suppression of central sleep apnea by continuous positive airway pressure and transplant-free survival in heart failure: a post hoc analysis of the Canadian Continuous Positive Airway Pressure for Patients with Central Sleep Apnea and Heart Failure Trial (CANPAP). Circulation 2007; 115: 3173-80.
2. BradleyTD, Holloway RM, McLaughlin PR, Ross BL, Walters J, Liu PP. Cardiac output response to continuous positive airway pressure in congestive heart failure. Am Rev Respir Dis 1992; 145: 377-82.
3. Takama N, Kurabayashi M. Effect of adaptive servo-ventilation on 1-year prognosis in heart failure patients. Circ J 2012; 76: 661-7.
4. Cowie MR, Woehrle H, Wegscheider K, et al. Adaptive Servo-Ventilation for Central Sleep Apnea in Systolic Heart Failure. N Engl J Med. 2015; 373: 1095-105.