前橋市における心不全の早期診断プロジェクト―かかりつけ医と大学病院の連携についてー
群馬大学医学部附属病院脳卒中・心臓病等総合支援センター
コラム 心臓病あれこれ

|センター長|
センターホームページ、コラムでも何度かご紹介しておりますように、「心不全パンデミック」が到来しているといわれています。日本で120万人の心不全患者さんがおみえで、年間約8万人が亡くなっている(厚生労働省人口動態統計月報)と報告されております。
ともすれば心不全は、「良性の疾患」と思われていますが、がんよりも予後が悪いという統計もあるくらいです。そこで大事になるのが、早期発見です。群馬大学、前橋市と共同で運動負荷心臓超音波という全国でも先駆的な方法を用いた検討を行い、その成果が英文雑誌に発表されました。その内容について、群馬大学循環器内科湯浅先生にわかりやすく説明いただきました。
前橋市における心不全の早期診断プロジェクト
―かかりつけ医と大学病院の連携についてー
心不全は、血液ポンプの役割を持つ心臓の機能が障害される疾患です。近年、脳梗塞をはじめとした脳卒中患者さんの数は減少し、急性心筋梗塞患者さんの数も微増にとどまっている中で、心不全患者さん増加の一途をたどっています。具体的に、2005年約100万人弱でしたが、2020年には推定120万人に増加し、2030年には130万人に到達すると予想されており「心不全パンデミック」と呼ぶべき状況に直面しています。
心不全は不可逆性、つまり一度悪くなると元通りになることはなく進行性に心機能が低下していくといわれています。特に心不全入院したことがある患者さんの予後は非常に不良であり、死因としても悪性腫瘍(いわゆる癌)に続いて2位です。なんとなく、心不全は軽い病気に思われていますが、実はそうでないことがお分かりいただけるかと思います。ですから、早期診断・治療が望まれます。

群馬大学 循環器内科
湯浅直紀
群馬大学 循環器内科
湯浅直紀
心不全で最も多いのが「左室駆出率が保持された心不全(Heart Failure with preserved ejection fraction: HFpEF )」です。HFpEFは、心臓超音波(心エコー)などで観察した場合には、心臓の動きが保たれているため、心不全の診断をするのが難しい場合があります。さらに早期心不全患者さんは「運動した時の息切れ、疲れやすさ」等のように、安静時には症状がみられないことも多くあります。また、心不全の典型的症状を伴わないことも多く、レントゲンや心電図等の検査を行っても大きな異常が見られない場合も多いため、心疾患を疑われなかったり、患者さん本人や医師でさえも「歳のせい」と考えたりすることもあります。そのため、発見が遅れることも多々あります。(※このお話は、ほかの病気でもありえることで、体の不調が「歳のせい」でないことが多々ありますので、心配な症状があれば、かかりつけの先生に是非ご相談ください。)
我々は運動時や軽い負荷での息切れを訴える患者さんから心不全を見つけるため、患者さんに運動をしてもらいながら心臓超音波(心エコー)を行う運動負荷心エコーを行っています(図1:写真)。ただ前述の通り息切れといった症状は心不全患者さんに限ったものではなく、肺や気管支の病気、貧血や筋肉量低下などが原因でもみられます。そのため、こういった別の病気も考えながら効率的に心不全患者さんを見つけていく必要があります。

図1:運動負荷心臓超音波(心エコー):横になって自転車をこぎながら心臓の様々な機能を心エコーで調べます。
我々は前橋医師会や群馬県立心臓血管センターと協力して、前橋市のかかりつけ医の先生方に労作時息切れを呈する患者さんをご紹介いただき、心不全を早く見つけていく事業を実施しました。下図の紹介基準を作成して、かかりつけ医の先生方に心不全が疑われる患者さんを見つけていただきました。また、事業を知っていただくためにかかりつけ医の先生にご挨拶に伺ったり、オンライン会議も実施させていただきました。1年間の事業の結果、当院に168名の患者さんをご紹介いただき、心不全の早期診断をすることができました。また、そのような患者さんに対して適切な治療を早く導入することができました。将来の心不全入院予防に対して期待の持てる非常に有意義なプロジェクトであったと考えております。BNPやNT-pro BNPという、心不全の血液検査を効率的に使いながら、かかりつけ医の先生の大学病院が連携することで、地域の心不全患者さんを早く診断することができると考えています(図2)。
こちらの事業については英語学術論文として、日本心臓病学会機関誌であるJournal of Cardiology誌に掲載されました(Yuasa N, et al. Collaboration between dyspnea clinic and primary care physicians to identify heart failure with preserved ejection fraction in the community: Results from the Maebashi City HF project. J Cardiol. 2025 Jan 14:S0914-5087(25)00001-2. doi: 10.1016/j.jjcc.2025.01.001.)。我々の事業は、前橋市で先行して行いましたが、現在は高崎・太田地区でも行っており、群馬県庁の協力もいただきながら順次県内全域に広げたいと考えております。
心不全は他人事ではありません。年齢を重ねても健康に暮らすためは、心不全にならないように、もしなってしまったとしても早く見つけて治療することが重要です。心不全を疑う症状がある場合は、ぜひまずはかかりつけの先生方に御相談ください。また、本センターではメールでも皆さんの相談に乗っておりますので、是非ご利用ください。

図2:かかりつけの先生方と共有している心不全早期発見を目指すフローチャート(BNPや、NT-pro BNPなども使用して、診断率を上げる努力をしています)