健康のためのマラソンに潜む危険性―ぐんまマラソンを前にスポーツドクターのつぶやきー
群馬大学医学部附属病院脳卒中・心臓病等総合支援センター
コラム 心臓病あれこれ
群馬大学医学部附属病院脳卒中・心臓病等総合支援センターより日常に役立つ特別コラムをお届けします。
2024年11月3日(日・祝)に開催される群馬マラソンに関する特別コラムを、フルマラソン経験豊富で論文も多数執筆されている宇都木先生にご執筆いただきました。心血管病のリスクについての重要な情報が盛り込まれていますので、ぜひご一読ください。
健康のためのマラソンに潜む危険性
―ぐんまマラソンを前にスポーツドクターのつぶやきー
「スポーツの秋」ということで県内各地域において、いろいろなスポーツイベントが行われています。特に2007年の東京マラソン大会が開催されてからマラソン大会が増え、参加する市民ランナーの数も増えています。距離もフルマラソン(42.195km)や、その半分のハーフマラソンだけでなく100kmを超すようなウルトラマラソン、さらには山岳部や丘陵部を走るトレイルランニングやクロスカントリーレースなどバリエーションも豊富です。今年も、11月3日には第34回ぐんまマラソンが行われます。
宇都木医院院長 宇都木敏浩
私も走ることが好きで、40年ほど前にマラソンを始めました。
大会(たしか10km)に参加して初めて完走出来た時の嬉しさや充実感は忘れられません。そして徐々に距離を伸ばしたくなり、練習を工夫しながらフルマラソン完走まで達成出来ました。
本来は健康を維持、増進するつもりでしたが、20年くらい前に参加した大会で倒れたランナーや救急搬送されたランナーに出会ってから、マラソン大会に潜む危険性が気になるようになりました。
マラソン大会は屋外で行われる以上、自然が相手です。急に暑くなる日や、猛暑で行われる日は熱中症や脱水症が生じる危険性が高まります。逆に冬の寒い日には低体温症が心配です。コースの後半に上り坂があると心肺に負担がかかります。国際的に有名な大会にも「心臓破りの坂」などという表現があります。
一方、ランナーの健康管理はどうでしょう。多くの大会でランナーは参加前に健康チェックが求められています。加えて、コロナ禍以降では発熱など感染対策も欠かせません。それでも大会前日に少し羽目をはずして飲酒することや、寝不足でも少々無理して走る方がいらっしゃると思います。
きちんと健康管理して体調が良くても、走っている間に急変が起こることがあります。特に重篤なのは、急性心筋梗塞や致死性不整脈といった心肺停止に至る循環器疾患です。
米国の調査ではハーフマラソンとフルマラソンでの心停止発生率は約18万人に1人でした 1) 。国内ではフルマラソンで約5万人に1人、ハーフでは約4万人に1人とより高率でした 2) 。国内の大規模な大会では参加者が1万人以上の大会も多いので決して少ない数ではありません。そして心肺停止の起こる場所はゴール前が多いとされますが、どこでも起こる可能性があります。
予期せぬ事態としていくつかの例を述べます。ある山あいの大会で先頭集団が橋を渡ったとき、スズメバチの巣が橋げたの下にあったため、興奮したスズメバチの大群に後続のランナーが襲われ、かなりの数のランナーが救急搬送されました(知人が参加した大会でした)。自分の経験では、急に暑くなった日の大会で、前半に走ったランナーの水分消費量が多くて、後続のランナーに十分な給水ができなかった大会がありました、別の大会では紙コップが不足して、後半のランナーが手のひらで給水したような大会もありました。そうした大会では、脱水症状で動けなくなるランナーがでやすくなります。
一般に大きな大会では救護面も充実していて、コース内には数kmごとにエイドステーションがあり、救護所には医師や看護師の待機があります。自転車で自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator:AED)を運ぶモバイルAED隊も最近の大会では増えています。県内の調査では多くの大会で救護スタッフが大会規模に応じて配置され、ほとんどの大会でAEDも準備されています 3) 。
心停止など重篤な健康被害は起きないにこしたことはありません。多くの市民ランナーが参加したマラソン大会で健康被害にあわないよう、安心で安全な大会が行われますよう祈念しています。
参考文献
1) Kim JH, Malhotra R, Chiampas G, et al : Cardiac arrest during long-distance runningraces. J Engl J Med 2012; 366:130-140.
2) Shirakawa T, Tanaka H, Kinoshi T, Tanaka S, et al : Analysis of sudden cardiac arrestduring marathon races in Japan. Intern J Clin Med 2017:8:472-480.
3) 宇都木敏浩、長谷川昭、石北敏一、片山雅義、大嶋清宏. 群馬県内の資金参加型長距離走大会の救護に関するアンケート調査―新型コロナウイルス感染流行前5年間の調査―. 日本臨床スポーツ医学会誌 2022:30:388-394.
センター長から
本年も2024年11月3日(日・祝)にぐんまマラソンが開催されます。今年で34回目の伝統ある大会です。でも、この大会近くにあります群大病院には、毎年のようにマラソン参加者が心筋梗塞などの血管病で救急搬送されてきます。
そこで、ご自身もフルマラソンの経験豊富でこの分野について多くの論文を書かれている宇都木先生にコラムを書いていただきました。
特に注意すべきは、マラソン中には突然死する方もお見えになることです。また、マラソンルート最後の4分の1(フルマラソンなら約30㎞地点からゴール、ハーフマラソンなら15㎞地点からゴール)で心血管病を発症することが多いといわれています。体調を整えてマラソン大会に参加してください。そして決して無理をなさらないで下さいね。